2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧
◎『岩波文庫解説目録』と『岩波文庫分類目録』 岩波文庫には、かれこれ半世紀以上、お世話になっている。最初に買った岩波文庫は、『方丈記』で、定価は四〇円だったと記憶する(★ひとつ)。 一九六七年は、岩波文庫の創刊四〇周年にあたっており、それを記…
◎過激派にして保守派の西部邁氏にとっての伝統とは 西部邁氏は、その著書『破壊主義者の群れ』(PHP研究所、一九九六)の二〇五ページで、次のように述べている。 私のことを転向者よばわりする御仁がまだ時折にいるのであるが、二十五年経っても思想的に…
◎西部邁氏の不文憲法支持論(1995)への疑問 最近、近所の古本屋で、西部邁氏の『破壊主義者の群れ』(PHP研究所、一九九六)という本を入手した。その最後のほうに収められている「読売憲法改正試案を論ずる」は、その時代における氏の「日本国憲法…
◎壺井繁治の高村光太郎批判と「本願ぼこり」 吉本隆明のいう「関係の絶対性」の論理に従うならば、吉本が壺井繁治の転向を批判することはできなくなるのではないか、ということを昨日のコラムで述べた。 ただし、吉本は壺井繁治の転向や「詩人としての鈍感さ…
◎吉本隆明の壺井繁治批判をめぐって ここ数日、吉本隆明の「関係の絶対性」について述べてきたが、これらはすべて、呉智英氏の『吉本隆明という「共同幻想」』(筑摩書房、二〇一二年)を新幹線の車中で再読した結果、その車中で思いついたことである。呉氏…
◎世にいう「本願ぼこり」と吉本の「関係の絶対性」 もう少し、「関係の絶対性」と『歎異抄』との関係についての話を続ける。 親鸞の存命中、悪人こそが往生できるという、いわゆる「悪人正機説」〈アクニンショウキセツ〉を知った者のなかには、極楽往生を望…
◎吉本隆明「関係の絶対性」と親鸞のいう「業縁」 昨日のコラムで、「自由な選択にかけられた人間の意志が、それを上回る何かによって制約されるという発想を、吉本は、親鸞の『歎異抄』から得たのではないだろうか」と述べた。 そういうことは、すでに誰かが…
◎吉本隆明「関係の絶対性」と『歎異抄』 昨日の続きである。『吉本隆明という「共同幻想」』(筑摩書房、二〇一二年)の第一章「評論という行為」の「1」で、呉智英氏は、吉本隆明の評論「マチウ書試論」(執筆、一九五四~一九五五)の文体と主題について…
◎再読『吉本隆明という「共同幻想」』 呉智英〈クレ・トモフサ〉氏の『吉本隆明という「共同幻想」』(筑摩書房、二〇一二年一二月)は、刊行されて間もなく購入し、読んでみた。非常に読みやすく、わかりやすい本だと思った(この本に対する読後感想は、本…
◎『日本保守思想のアポリア』に頂いた感想 歴史民俗学研究会の金子頼久さんから、拙著『日本保守思想のアポリア』に対する読後感想をいただきました。 感謝申し上げるとともに、以下に、紹介させていただきます。 『日本保守思想のアポリア』を読んで 本書は…
◎16世紀のラ・ボエシーと21世紀のフレデリック・ロルドン 昨日の続きである。大久保康明氏は、その論文「ラ・ボエシー『自発的隷従論』覚書」(『人文学報 フランス文学』四〇六号、二〇〇八)の中で、ラ・ボエシー論文の政治的側面に注目している。少し…
◎ラ・ボエシー「自発的隷従を排す」の政治性(危険性) フレデリック・ロルドン氏は、その著作『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか―新自由主義社会における欲望と隷属―』(作品社、二〇一二)の冒頭で、ラ・ボエシーの論文「自発的隷従を排す…
◎『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか』について ここ数日間、ラ・ボエシー「自発的隷従を排す」(自発的隷従論)というルネサンス期の論文を紹介してきた。 この論文に関心を抱いたのは、ごく最近、フレデリック・ロルドン(杉村昌昭訳)の『…
◎ラ・ボエシーの文体について(大久保康明氏の論文より) インターネット上で、大久保康明氏の「ラ・ボエシー『自発的隷従論』覚書」という論文(『人文学報 フランス文学』四〇六号、二〇〇八)を読んだ。ここでいう『自発的隷従論』とは、これまで「自発的…
◎エチエンヌ・ド・ラ・ボエシー(1530~1563)の紹介 一昨日、昨日と、ラ・ボエシーの「自発的隷従を排す」という文章を紹介した。 この文章の紹介は、このあとも続けたいが、ここで、ラ・ボエシーの人物像を紹介しておこう。 以下は、世界文学大系…
◎被支配者は、服従するのでなく隷従する(ラ・ボエシー) 昨日の続きである。ルネサンス期のフランスの文人ラ・ボエシーの「自発的隷従を排す」という論文をから。 以下に引用するのは、昨日、引用した一節のすこしあとにある部分である。 しかし、おお神よ…
◎ラ・ボエシー「自発的隷従を排す」(16世紀)について 最近、理由があって、ルネサンス期のフランスの文人ラ・ボエシー(一五三〇~一五六三)の「自発的隷従を排す」という論文を読んだ。 これが、実に興味深い。二一世紀の今日読んでも、全く古くさくな…
◎筈見恒夫・清水晶『映画作品辞典』(1954)の「はしがき」 ここのところ、アテネ文庫(弘文社)の筈見恒夫・清水晶『映画作品辞典』(一九五四)を、連続して採り上げている。 同書の「はしがき」は、まだ紹介していなかったので、本日は、これを紹介し…
◎再度、『裸の町』(1948)と『野良犬』(1949)について 昨年一二月一三日のコラムでも、同じようなことを論じたが、その続編である。 まず、アテネ文庫(弘文堂)の『映画作品辞典』の引用から。同辞典の「裸の町」の項(アメリカ映画)と「野良犬…
◎黒沢明監督『生きる』(1952)を中高年の皆さんに薦める 本日も、アテネ文庫(弘文堂)の『映画作品辞典』の引用から。同辞典の「生きる」の項には、次のようにある。 生きる(日.東宝.1952) 役所に無遅刻無欠勤の模範勤務三十年,事なかれ主義…
◎映画『或る夜の出来事』(1934)についての誤解 本日も、アテネ文庫(弘文堂)の『映画作品辞典』の引用から。同辞典の「或る夜の出来事」の項には、次のようにある。 或る夜の出来事“It Happened One Night”(米.コロンビア.1934) 父に勘当され…
◎坂東妻三郎、一世一代の好演(映画『無法松の一生』) アテネ文庫(弘文堂)『映画作品辞典』からの紹介を続ける。本日は、「無法松の一生」の項を紹介する。 無法松の一生(日.大映.1943) 日露戦争の頃,無法松とあだ名される車夫の松五郎(坂東妻…
◎アテネ文庫『映画作品辞典』より(「モダンタイムス」の項) 昨日の続き。アテネ文庫(弘文堂)の一冊『映画作品辞典』から、本日は、「モダンタイムス」の項をを紹介してみることにする。 モダンタイムス“Modern Times”(米.ユナイテッド・アーチスツ.1…
◎アテネ文庫『映画作品辞典』より(「土と兵隊」の項) アテネ文庫(弘文堂)の一冊に、筈見恒夫〈ハズミ・ツネオ〉・清水晶〈シミズ・アキラ〉『映画作品辞典』(一九五四)がある。 作品のセレクションといい、その解説といい、実に愛すべき小辞典である。…
◎年間、二体ぐらい、起き上がってゆくのがある 本日も、インタビュー記録「ホトケを送って35年 及川一男」の一部を紹介する。『歴史民俗学』第一九号(第一刷、二〇〇一年三月二五日:第二刷、二〇一三年六月三〇日)に載っているもので、引用箇所は、昨日…
◎インタビュー記録「ホトケを送って35年 及川一男」より 昨日の続きである。『歴史民俗学』第一九号(第一刷、二〇〇一年三月二五日:第二刷、二〇一三年六月三〇日)に載っているインタビュー記録「ホトケを送って35年 及川一男」の一部を紹介してみよ…
◎12年ぶりに増刷された『歴史民俗学』第19号 歴史民俗学研究会(田村勇会長)が編集している『歴史民俗学』という雑誌がある(現在、休刊中)。数日前、批評社さんから、その第一九号が届いた。二〇一三年六月三〇日発行の第二刷である。第一刷の発行は…
◎西郷四郎は「柔道家」か「柔術家」か 平凡社新書の新刊、星亮一氏の『伝説の天才柔道家 西郷四郎の生涯』(平凡社新書、二〇一三)を手にとった人の中には、講道館柔道以前の、いわゆる「古流柔術」に関心を持つ人々が少なくなかったと思う。 そうした人々…